機関誌『専門店』ハイライト

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店人いま 278

地元の食材を極力使い お客さまの状況をよく見て プロとして丁寧に作った料理を提供

  misehito_01.JPG栁澤千春 氏 弁当・懐石の店「栁澤」(日専連ゆざわ)聞き手 宇田 弘

今回訪れた秋田県湯沢市は、平安時代の謎に包まれた才女、小野小町の生誕地と言われています。その由来から、お米に「あきたこまち」や秋田新幹線にも「こまち」とその名が付けられています。また、湯沢は自然豊かな山々に囲まれ、四季折々の景観と旬の味を満たしてくれます。

その湯沢で取材させていただいたお店は、地元の食材にこだわり、プロとしてひと手間も二手間もかけて、心のこもった料理を提供する「弁当・懐石の店『栁澤(やなぎさわ)』」。そして店主の栁澤さんは、日専連ゆざわの理事長として昨年4月に就任されました。実は、この取材の翌日(9月25日)に、「日専連東北地区連の集い」が湯沢市で開催されました。栁澤理事長は、「東北地区連の集い」を機に、組合店の交流をさらに深めて、活性化に努めていきたいと言います。

また、インタビューをしている間も、ひっきりなしにお客さまが訪れて、仕出しの予約注文をされていました。店主の温かいお人柄が、店に、そして地域に漂っていました。


お客さまをよく観察して料理をお作りする misehito_02.JPG

●創業はいつごろでしょうか。
栁澤
 まだ健在な私の両親が、昭和48年に、この地に仕出し屋を出しました。実は父方の両親は、湯沢で旅館を経営していまして、父は末っ子で、長男とともに旅館を切り盛りしていました。しかし、長男は体が弱かったため、旅館をその息子に任せることになり、叔父にあたる父がいてはやりづらいだろうということで、父は旅館を去り、今のこの場所で仕出し弁当専門店を開業しました。東京にはあったかもしれませんが、当時この辺りでは弁当専門店はありませんでした。また、座敷もありましたので、宴会なども受けていました。ほかにも、当時は各家庭で冠婚葬祭を行うのが一般的でしたので、その料理なども受けていました。

●競合として、旅館なども仕出しを請け負っていたのでは。
栁澤
 父は長く旅館にいた実績がありましたので、お客さまはそれを知って注文されていたと思います。

●旅館や料理屋さんという、敷居の高いところと違って、いいポジションでご商売ができたのではないですか。
栁澤
 そうですね。そのころは景気も良かったですからね。しかしその後、このあたりの旅館経営は厳しくなり、うちの本家の旅館も廃業に追い込まれ、業種替えをして今は別の事業をしています。

misehito_03.JPG misehito_04.JPG●旅館で培った経営手法は、開業に際して役立ったのでは。
栁澤
 もちろんそれはあります。また出店した当時、父はまだ若かったので、地元の経営者の方々にいろいろと助けていただいたと聞いています。

●お人柄が良かったのでしょうね。
栁澤
 私の代になってからは、自宅で冠婚葬祭を行う風習は少なくなりましたので、お弁当と2階の座敷での宴会が中心になりました。ただ、40年やっていますので、その実績というか信用で、うちのお店を選んでいただくお客さまはたくさんいらっしゃいます。また、価格に応じて作る料理は得意です。価格を抑えたものでも、材料を吟味すれば可能です。もちろん手作りで、手抜きはしません。

うちでは、いろいろなところに仕出しやお弁当を出しています。お客さまの家に来客があったときや、四季折々のイベントのときなどが多いでしょうか。今月は敬老会向けに出させていただきました。プロを意識して、家庭では出せない味を追求しています。また、お客さまはどのような目的で使われるのか、どのような方が召し上がるのか、苦手な食材もお聞きし、よくリサーチしてお出しするようにしています。それは宴会も同じです。こちらから一方的に料理を出すようなことはしません。

●お客さまを見て、丁寧に作られているのですね。
栁澤
 小さい店ですから、いかようにも応えられます。うちは、地元の食材を極力使用し、季節感を出すように心がけています。また、同じ食材でも飽きられないように工夫しています。

東京の大学を出て5年間割烹料理店で修業

●この店に入る前は、どこかで修業はされたのですか。
栁澤
 私はいずれこの店を継ぐ覚悟はできていましたが、それまで好きなことをさせてほしいと、4年間東京の大学に行かせてもらい、心理学を学びました。そして卒業して5年間、東京の四谷荒木町の割烹料理屋で修業をしました。

●当時の板前の世界の修業は、上下関係も厳しく大変だったのでは。
栁澤
 大学を出てからの修業でしたので、年下の先輩がたくさんいましたね。親方にもよく叱られました。大学と合わせて9年間、東京にいさせてもらいましたが、無駄ではなかったですね。修行では技術的な面だけでなく、違う世界が見られたことで肥やしになりました。

修行してこの店に帰ってきたとき、腕を見せたいと、新しい料理を出そうとするのですが、目新しさだけではダメだと父に怒られました。確かにお客さまの声を聞くと、そのとおりだということがわかりました。でも、受け入れられた料理もあったんですよ。

●好みは人それぞれで、これが正しいというのはないと思いますので、難しいところでしょうね。

心のこもった手書きがお客さまの心をつかむ

栁澤 でも長くやっていく間に、父に付いていたお客さまが、少しずつ自分に移ってきた感触はありました。特に女性の方には、田舎の食材を都会風にアレンジすると喜ばれましたね。

地元の食材を使った創作料理を出すようになると、お客さまに説明したくなってくるんです。でも、ウンチクを押し付けたくなかったので、紙に書いてみようということになったんです。白身魚の刺身など、皮を引いてしまえば鯛なのか、ヒラメなのか、どこで捕れたのかもわかりません。

そして、せっかくやるのであれば、献立のほかに何かクスッと笑えるものだとか、気軽に読んでもらえることを料理の敷き紙に手書きで書くようにしたんです。

ここでは、ほかの商品のPRをするのがねらいなのですが、笑うことでお客さまが共感し、すんなり受け入れてくれているようです。献立と一緒に持ち帰られるお客さまが多いんですよ。

●さすが、大学で心理学を学んでらしたので、ツボを心得ていらっしゃいますね。
栁澤
 さらに、昨年から湯沢市の広報誌にも毎月、うちの店の広告を同じように手書きで出させていただいています。新聞の折り込み広告と違って、長く手元に置いていただけるので反応もいいですね。

また、うちはおせち料理が得意なのですが、おせちのチラシも手書きでやっています。初めは、カラーで料理の写真を載せていたのですが、途中から手書きにしたら反応がいいんです。

●写真で実物を見せなくても、この店は裏切らないという信頼が確立しているからこそですね。また、届いてお重の蓋を開けたときの感動もありますね。最初から写真で見せていたらそれはないですからね。

妻と女性スタッフだけで毎月、献立会議を開催 misehito_05.jpg

栁澤 また、日専連ゆざわでは、20年ほど前から「ゆざわ夢カード」を発行していまして、その夢カードのシステムを使って、うちのお店を利用したお客さまを抽出して、利用頻度に応じたダイレクトメールを出しています。反応率は良くて、おせちの案内は500枚ほど出しますが、そのうちの300軒くらい注文をいただきます。

misehito_06.jpg●ものすごく反応がいいですね。県外からの注文などもあるのですか。
栁澤
 地元の方が中心ですね。紅葉のシーズンになると、バスツアーで来られる方もいらっしゃいますので、その時は対応させていただきますが、ほとんどが地元の方です。まずは、地元のお客さまを大事にしていきます。ただ、うちをよく利用していただくお客さまには、いつものお弁当だけでは飽きられますので、期待を裏切ることも一生懸命考えています。 misehito_07.JPG

うちでは毎月、献立会議を開いて新しいものを積極的に取り入れています。その会議は私の妻と女性スタッフが中心で、私は技術的アイデアを出す役です。お客さまは圧倒的に女性が多いので、女性スタッフの意見を重視しています。またスタンスとしては、地元の食材を使いつつ、家庭では味わえないような料理をプロとして出すことを心がけています。

息子さんも東京で修業を親子で同じ道を歩む

●スタッフは何名いらっしゃるのですか。
栁澤
 昼夜合わせて6名くらいでやっています。正月のおせち料理の時期には、応援として従業員の家族だったり、毎年決まった方にお手伝いをお願いしています。ただ、料理を作るのは、私と妻が中心でやっています。

misehito_09.jpg misehito_08.jpg misehito_10.jpg●お弁当など、急に大量の注文などが入ることもあるでしょうね。
栁澤
 料理を作る場所はこのスペースしかありませんので、やりくりが一番大変なところでもあります。

●ここにカウンターがありますが、夜は居酒屋として営業されているのですか。
栁澤
 そのつもりで作ったのですが、実際は居酒屋の営業はしていません。というか、できないんです。昼間は仕出し、夜は座敷での宴会と翌日の仕出しの仕込みがありますので...。

●後継者は?
栁澤
 長男は東京の大学に通っていましたが、調理の道に進みたいと、大学に行きながら、夜間の調理師学校に通い、今年の春から赤坂の料理屋でお世話になっています。

●親子で同じような道を...血は争えませんね。最近は、チェーン店が増えてきて、手作り感のあるお店が少なくなってきて、さみしいです。
栁澤
 ナショナルチェーンは、価格的にも利用しやすいのでしょうね。でも、うちは価格では勝負しません。しっかりとした料理をお出しして、それに見合った料金をいただきます。でも、高くはないですよ。それと、気の合った仲間同士で食事をすることは楽しいですし、そこでいい料理が出てくれば、さらに場が盛り上がります。お客さまの笑顔が見られるこの仕事を選んで、良かったと思っています。

一生懸命頑張った分笑顔が返ってくる

●料理を研究されるために、よく食べ歩きなどもされているのでしょうね。
栁澤
 たとえば、子どもたちの用事で東京などに行ったとき、子どもと一緒に店を選んで食事に行きます。

●やはり、和食ですか。
栁澤
 和食のお店はめったに行きません。ヒントになるのは、和食以外のお店が多いんです。そして、人気のある店に行きます。そこには必ず理由がありますからね。また、掃除が行き届いていない店はダメですね。いいお店はトイレがきれいです。しかも、ただキレイなだけでなく生花が活けてあったり、特別な空間として設えられています。うちもそうありたいと、各部屋に必ず花を活けています。

うちの店では、仕事に入る前に、スタッフ全員1人ずつ「お客さまを幸せにしよう」から始まり、「笑顔でおもてなしをします」などの宣言をしています。そして、うちでは、お客さまが言う前に、要望を察して動くように努めています。「かゆいところに手が届き、かゆくないところはかかない」ということです。

●今後、息子さんが手伝ってくれたらうれしいですね。
栁澤
 まだまだ先だと思いますが、しっかり給料を出せるように頑張ります。まだ自分たちも頑張れますので、もっと勉強して、よりよい店にしていきたいですね。

●今後の抱負などがありましたら、お聞かせいただけますか。
栁澤
 これ以上、店を大きくしようとは思っていません。でも、続けていくにためには頑張らなければなりませんが、自分たちが今やっていることがとても楽しいんです。一生懸命にやった分だけ、お客さまの笑顔が返ってきます。それが楽しいんです。

今日も横手の病院から依頼を受けて、糖尿病の方のためのお弁当を出しました。大きく儲けることはできませんが、開拓できる場がまだまだありますし、勉強にもなりますので、やりがいがあります。

●これまで工夫を重ねて、いろんな料理をお出ししてきたことと思いますが、それを仕出しというジャンルのほかに、たとえば和え物など、ご飯のおかずや、お酒のつまみになるようなものを瓶詰にしたり、真空パックにして、まずは湯沢のお土産として販売してみるのもよいのではないですか。
栁澤
 面白いですね。まだまだやれることはたくさんありますね。

●人間は食べていかなくては生きられないですし、食べることが大好きですからね。
栁澤
 おいしいことはもちろんですが、注文してから食べ終わるまでの時間を楽しく、生きがいのあるものとして、丁寧に提供させていただきたいですね。

●最後に、日専連ゆざわの理事長としてお話をお聞かせ願いますでしょうか。
栁澤
 日専連ゆざわでは、ポイントカード事業として「ゆざわ夢カード」を発行しています。湯沢での認知度はある程度あり、特に女性の利用率が高いです。ポイント還元率もほかのカードに比べると高いと思っています。うちの店では、このカードの利用履歴を使ってDMを出していますが、ほかの組合員にもうまく利用してほしいですね。

私は昨年の4月に理事長に就任させていただきましたが、いろいろな思いや情報を伝えるために、毎月組合からの請求書と一緒に、組合員向けに「お手紙」と称してA4サイズ一枚のメッセージを書いて同封しています。今後は組合員の意見を聞き入れながら、組合員相互の交流を図り、組合活動を活発に進めていきたいと考えています。

●これからも、日専連の同志としてご尽力賜りますようお願いします。本日はお忙しいところ、誠にありがとうございました。