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宮古あきんど復興市開催

ガンバロー宮古! 頑張るぞ商店街! 

大震災から3カ月、地域の復興を目ざして

miyako 1.JPGあの大震災からちょうど3カ月目にあたる6月11日・12日に岩手県宮古市の末広町商店街と中央通商店街の共催で「宮古あきんど復興市」が開催されました。

あの悲惨な災害から、わずか3カ月でこのような盛大なイベントが開催されたことは驚きであり、感動さえ覚えました。

日専連のホームページには、今回のイベントの模様をたくさんの写真で紹介させていただきましたので、アクセスしてぜひご覧ください。

震災から1カ月もたたないで 復興イベント開催を決定

3月11日の震災直後、連盟では東北の各会に安否の確認をとるため、専務をはじめトップが電話で被害状況の確認を行っていました。震災で連絡が付きにくい状況のため、トップ以下は電話は控えていました。そんな中、4月の上旬に日専連沼津の米山局長から、「うちの商店街でイベントをやるんだけど、被災地への支援として、被災地の商品があればぜひ使わせてほしい」とのお電話をいただきました。そこで日専連宮古の佐香副理事長の携帯に電話をしてみました。
「まだ、つながらないだろうな~」と思いきや、つながりました。一瞬、どうしようかと思いました。「ケガはないのか」「ご家族は無事なのだろうか」「家は流されていのないだろうか」と...。もし、不幸なことが起きていたらなんと言えばよいのだろうか...。

恐る恐る話を伺うと、幸いにもご本人もご家族の方も家も無事でした。しかし、店舗(カメラ・写真店)は津波の被害を受けて商品と機材が全滅だと言われました。佐香副理事長に「笑うしかないよ...」と言われ、返す言葉が見つかりません。

そして「こちらから送れる商品は、まだないなあ~」。(やっぱり、受けた被害は尋常ではないし...)

しかし、次の言葉に驚かされました。
「でもさあ、(震災から)3カ月後の6月11日・12日に復興イベントをやる予定なんだ」
「ええ...。本当ですか! イベントなんかできるのですか!」

そして、どんなイベントをやるのか伺うと...。
「まだ決めていない。でもさあ、沈んでばっかりいられないじゃないか! 実は今夜、そのイベントの打ち合わせをやるんだ」

スゴイというか、言葉が出ませんでした。何だか、励ますはずの自分が、逆に元気をもらったような気分になりました。

その後、電話をしてイベントの内容をお聞きしました。

大手プロダクションからいろいろ企画の提案があったそうですが、イベントを丸投げするのではなく、自分たちで考え、汗をかいて実行することにしたそうです。
「東北人は粘り強い!」と改めて実感しました。

オープニングセレモニーでのあいさつで「佐香さ~ん」

miyako 2.JPG6月11日の午前10時。組合事務所の「りあす亭」でオープニングセレモニーが開催されました。宮古市の山本正徳市長、末広町商店街の佐香理事長(日専連宮古副理事長、㈱日専連宮古社長)、中央通商店街の高橋雅之理事長、㈱全国商店街支援センターから藤田とし子事業統括役が壇上であいさつを行いました。

はじめに佐香理事長があいさつしようとしたとき、会場にいる子どもから「佐香さ~ん」と声がかかりました。日ごろの親しいお付き合いが伺われるシーンでした。

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佐香理事長のあいさつでは「お店は8割から9割が再開しています。この先も多くの困難を乗り越えなくてはなりません。街に賑わいを取り戻すために商店街の復旧、そして宮古の街を復興させていくために頑張っていきます」と、力強く述べました。

中央通商店街の高橋理事長は、「末広町商店街とは逆で、被害が大きいために、店は1~2割くらいしか営業できていません。しかし、元気なお客さまの顔を見るため、そしてわれわれの元気な姿をお見せできるよう頑張ります」と、復興に向けての言葉を述べられました。

宮古市山本市長は「この2つの商店街共催のイベントには、誠に勇気づけられます。まずは"やれるところから""やれる人たち"が手をたずさえて、明日の宮古を目ざして頑張りましょう」とあいさつがありました。

藤田とし子事業統括役は「全国の商店街で、明日の宮古、明日の東北、そして明日の日本の元気を応援していきます」と述べました。

最後に、佐香理事長の音頭で「頑張るぞ 宮古」を全員でコールし、震災復古イベントがスタートしました。

時折雨が降る中でも 多くの人出で賑わい見せる

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この日の天気は時折雨が降る中でスタートしましたが、たくさんの人出で賑わいました。特に子どもたちの笑顔が印象に残りました。商店街には大きな大漁旗がたなびき、商店街の駐車場では地元中学生によるブラスバンド演奏、バンドライブ、和太鼓、そしてカラオケ大会をはじめとする『音楽の祭典』が3つの会場に分かれて行われました。

商店街事務局「りあす亭」では、八戸出身の真打、桂小文治、衣川出身の桂枝太郎をはじめ、お笑いやマジックによる『笑いの祭典』が行われました。

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また食では、B級ご当地グルメでおなじみの、宮古市と姉妹都市である青森県黒磯市の「黒石つゆ焼きそば」と、阪神淡路大震災で被災した神戸市長田の「牛すじぼっかけカレー」などが出店して、長蛇の列ができていました。また、軽トラによる「軽トラ市」では、地元の新鮮野菜や花、地元のお菓子や豆腐田楽などに多くの人が集まり買い求めていました。

miyako 11.JPGお菓子を大量に積み込んだグリコのワゴン車がお菓子を無料で配り始めると、子どもたちが駆け寄り嬉しそうにニコニコしながらお菓子を受け取っていました。そして各店の軒先で宮古特産のタイ汁、焼いたスルメをローラーがついた機械で伸ばした"のしイカ"は、歯の悪い方でも大丈夫。そのほか、ますの串焼き、フランクフルト、ワタ菓子など『食の祭典』が盛大に開かれました。そして、各商店の軒先では「おらほの店の自慢の品」ということで、イベントにちなんだ商品が威勢よく販売されていました。

そしてドッキリイベントでは、元大関の小錦や元横綱の武蔵丸とその関係者総勢40名ほどが来場して、歌やフラダンスが披露されたほか、マッサージやサイン会が行われ、盛大なイベントとなりました。

来場者は、雨に降られた初日が約3000人。天気に恵まれた2日目は約7000人で合計1万人を超えました。来場者のアンケート調査でも、このイベントに対する高い評価と商店街に対する激励と期待の声が多く寄せられました。

 

 

イベント開催について 佐香理事長に伺う

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●震災から1カ月もたたないうちに、復興イベントの開催を決定した経緯をお聞かせください。
佐香
 毎月2日に定例理事会を開催していますが、4月2日の理事会で、3カ月後に復興イベントの開催を決定しました。


●ご自身も被災者ですし、理事の方々の多くも被災されたと思いますが、ご自身のことで精一杯なのに皆さんよく開催に賛成されましたね。
佐香
 その前の3月末の執行部の会議で合意は取れていました。

●ということは、あの大震災から2週間くらいで決定されたのですね。信じられません。
佐香
 3カ月あれば商店街のお店は復旧できるだろうと思って、6月11日をスタートラインに設定しました。実際は半月くらいでどんどんシャッターを開け始め、1カ月後には約半数の35店舗以上の店が営業を再開しました。

●信じられません。
佐香
 3カ月は、自分たちに課せた目標でもあるんです。このようなときには、目ざす目標を持つことが必要だと考えたんです。

●実行委員会を立ち上げていますが、どのような組織ですか。
佐香
 初めは、うちの末広町商店街だけでやろうと思っていたんです。うちの隣の中央通商店街は、うちよりも海よりにあるため津波の被害が大きく、同じ仲間として応援しなくてはいけないという思いで共催という形をとりました。

●駅の反対側は、津波の被害はまったくありませんね。
佐香
 おそらく線路のところが若干高くなっていたからでしょう。

●(株)全国商店街支援センター(以下・支援センター)の支援を受けられていますが、具体的にはどのような支援を受けられたのですか。
佐香
 今回の震災で、支援センターでは復興支援マネージャーを公募して、支援センターから委託された機関が1カ月半くらいこちらに常駐して、住民や商店主のニーズを把握し、一緒に企画して活動してきました。

●今回のイベントで、補助金などは受けられたのですか。
佐香
 宮古市から少し支援をいただきました。ただし、国や県は災害対応のイベント補助制度はまだ策定前で、こんなに早い復興イベントは想定外だったようです。しょうがないですね(笑)。でも、ほとんどが手づくり、手弁当で経費はかけないイベントですので、商店街の負担はさほどありません。

●今、困っていることは何ですか。
佐香
 商業者としては口に出して言いづらいのですが、店を再開しても業種によって物が売れなくて困っているんです。それは、支援物資があまりにも行き渡りすぎてしまって、文具などは何年分ものものが学校に収められています。そのほか、肌着などの衣料品、スポーツ用品、老眼鏡などもそうです。せめて、目覚まし時計くらいは売れるだろうと思っていたら、それさえあるのです。

●以前、お話をお聞きしたときには、3割くらいのお店が廃業するとお聞きしていましたが。
佐香
 フタを開けたら廃業は1割もありませんでした。

●今回のイベントは大成功でしたが、つぎの活動、目標は決まっているのでしょうか。
佐香
 商店街は以前と同じような賑わいを取り戻しつつありますが、今後のまちづくりを考えると正直課題山積で気が重い部分もあります。イベント、イベントだけでなく、10年後、20年後を見すえた、地域に必要不可欠とされるまちづくりを考えていかなくてはなりません。

●まちづくりは、市や県はどのような考えでいるのでしょうか。
佐香
 新しいまちづくりには、商業者も声を出して参加しなくてなりません。しかし、現時点では要望を出すまでには至っていません。今回、支援マネージャーとして来ていただいている方は、神戸の震災を経験されて震災後のまちづくりにも参画されていました。その支援マネージャーの意見なども参考にして、行政丸投げの多くの時間と費用がかかる巨大な再開発は行いたくありません。
自分たちの背丈にあった、住みやすい、居心地の良いまちづくりを目ざしたいですね(笑)。

●震災で皆さんご苦労されていると思いますが、今は気持ちが1つになっているのではないですか。
佐香
 このイベントをはじめ、以前より協力いただける方が増えてきました。

●最後に、何か一言あればお願いします。
佐香
 日専連の同志の皆さまから、心温まるご支援を頂戴し、大変感謝しております。このようなときこそ、同志の強い絆を感じさせられました。本当にありがとうございました。
●イベントでお忙しい中、ありがとうございました。

(株)日専連宮古・内竹局長に この度の大震災について伺う

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●先ほど佐香副理事長と事務所を拝見してきましたが、周辺にある建物は解体されていました。事務所の外観は残っていましたが、窓ガラスが今も割れたままで、天井も大分やられていました。そして、このあたりで20名ほどの方が亡くなられたとお聞きしましたが、大震災に遭われたときの状況をお聞かせいただけますか。
内竹
 揺れは大きかったですね。横揺れが長く続きました。津波は1階の天井まで入り、2階・3階は何とか無事でした。今、1階にあったカード入会申込書や重要な契約書などを泥の中から探し出して、2階に広げて干しています。事務所は解体も考えましたが、解体して建て直すとなると相当な費用と期間を要します。役員会では解体せず、改修することになりました。

今はこのとおり、末広町商店街の仮事務所で仕事をしています。この仮事務所は、佐香社長のお母さまの不動産なんです。

日々の仕事は、お客さまからのご相談や通常の精算業務を行っています。震災で支払が滞っているお客さまは、支払い猶予期間の3カ月を過ぎましたので、どうするかを考えなければなりませんね。

miyako 14.jpg●ここも津波の被害があったそうですが。
内竹
 40センチくらい水が入りました。
 

今回の震災では、宮古市はがれきの撤去、仮設住宅の建設、商店街の復旧などが、ほかの地域に比べて早いと言われます。

●商店街は駅前にあり、空き店舗も見あたりませんでしたが、大型店の影響などはないのでしょうか。
内竹
 宮古には大型のショッピングモールはありません。また、今回の震災で大きな被害を受けた中央通商店街の店舗が、駅寄りの末広町商店街に移ってきているので空き店舗はさらに減りました。

●商店の住居はどちらにあるのですか。
内竹
 住居兼店舗は少ないです。ですから、地主さんと建物の所有者が異なるところが多いです。そのため、道路拡張などの都市計画が進んでいません。10年間、街の景観が変わらないのは珍しいとよく言われます。

●商店街の道路の広さは、今くらいがいいですね。道路を拡張して衰退した商店街は多いですからね。それと、津波を避けるために山の手に住居を構えたりされないのですか。
内竹
 よく言いますが、今回の津波は想定外です。でも、津波は末広町のあたりは低かったです。行政の話では、このあたりは今後も建築規制はかけないようです。

●もう辞めてしまおうということはよぎりませんでしたか。
内竹
 ダメだろうなと思いましたよ。でも、役員さんたちがやろうということで、再開に向けて動き出しました。この震災で支払困難なお客さまもいるだろうと、当初は与信をストップすることも考えました。しかし、仙台の日専連ライフサービスのセンターが無事でしたので、オンラインがつなげられたので与信をストップすることなく稼働することができました。

●宮古でのカードのシェア率は高いとお聞きしましたが、売上げは相当落ちたのでは。
内竹
 もちろん落ちました。でも、4月より5月はいいですね。100%元に戻るというのは難しいでしょうが頑張るしかないですね。

●今後、事務所の改修費用が大きな負担となることと思いますが、売上げが回復することを願っております。
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今回のイベントは、大盛況のうちに終了しました。佐香理事長はイベントの設営に朝早くから夜遅くまで、イベントのサポーターとともに自らが汗をかいて先頭に立って動いておられました。以前、機関誌の巻頭言に書かれていた「"指揮官先頭"の教え」を思い出しました。「リーダーは"リードする人"であり"先頭に立つ人"と書かれていました。まさしく、佐香理事長の行動こそ"指揮官先頭"だと感じ入りました。

そして、(株)日専連宮古のカード事業は継続することとなりましたが、事務所の改修費用の捻出が課題として残りました。

このようなときこそ、協同組合の共助の精神で助け合っていかなければならないと、強く感じます。

宮古をはじめ、被災された方々の復興を心から祈念いたします。

ガンバレ東北! 頑張ろう日専連・あきんど!