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フルーツ専門店「新宿高野」は、明治18年に新宿に店を出してから、今年で125年を迎えた。日本で唯一のマスクメロン専門コーナーを設け、旬のおすすめのフルーツを多彩に取り揃え、フルーツを熟知したフルーツアドバイザーがきめ細かく対応する。人々の暮らしの中で、フルーツの果たしてきた役割と原点を見直し、自然の恵みに体現したフルーツを使ってオリジナル商品を提案する。
 社是は「伝統ある信用を重んじ、商業を通じて社会に尽くそう」である。髙野社長は、商店街をはじめ、まちづくり、警察・防犯など、多くの役職を背負い、新宿の街を愛し、新宿のために貢献し続けている。


ライバルは「新宿高野」とことんフルーツにこだわり 

新宿の街にこだわりつづける

07mise-01.JPG髙野 吉太郎 氏 (株)新宿高野(新宿会)

 

メロン作りは芸術

●創業は明治18年とお聞きしましたが。
髙野
 明治18年3月に新宿駅ができ、同年10月に店を出しました。

●当時は、どんなご商売をしていたのですか?
髙野
 そこでは、古道具とかまゆ問屋をやっていました。果物も少し扱っていたようです。

07mise-02.JPG●明治33年に果物の専門店になったとのことですが。
髙野
 少し話はさかのぼりますが、今の新宿御苑は当時、農業試験場だったんです。海外の草花や果物を集めて改良を重ねていたんです。メロンやイチゴなども新宿御苑で苗木を作っていたんですよ。
 メロンは早稲田大学創始者の大隈重信侯が外遊に行かれたときに苗を持って帰ってきたのです。それを新宿御苑にあった農業試験場にゆだねて、改良を重ねて、今のマスクメロンになったのです。その技術は世界一だと思います。

●日本のメロンは世界一ですか?
髙野
 マスクメロンは日本にしかありません。種は門外不出です。
 例えば、宇田さんがマスクメロンを買って、自宅の庭に種を植えたとしても絶対に芽は出ません。種は金庫に保管されていて全国の各組織の果物の組合が厳重に管理しているのです。
 マスクは「麝香(じゃこう)」という意味で、日本で食べられるように改良されたんです。メロンは小さくて硬くて食べられるようなものではなく、暖炉に置いて香りだけを楽しむものだったそうです。それを日本に持ち帰り、改良に改良を重ねて食べられるものにしたのです。
 メロンの苗は、130センチくらいに成長します。真っすぐ育つように添え木をして、そこに18個くらいの花が咲くんです。その花を3つだけ残して実にして、その中から1つだけ選んで育てていくのです。

●ものすごく手間がかかるのですね。
髙野
 芸術ですよね。

●その時代はどんな人が食べていたのでしょうね。政治家ですかね。
髙野
 政治家や貴族の方々が食べていたと思いますよ。

●戦争で大変な空襲に遭われたそうですね。
髙野
 そうですね。東京大空襲で新宿は焼け野原だったそうです。その後、昭和22年3月に店を再開しましたが、そのころはブラックマーケットが出ていまして、うちのビルは焼け残ったものですから、そこに物資を入れられてしまって大変でした。
 新宿が復興したのは22年から23年ごろではないでしょうか。復興は早かったと思います。ブラックマーケットといえども市場があったのは大きかったし、新宿にはパワーがあったのでしょう。

●ケーキの取り扱いを昭和27年に始めていますが、当時としては珍しかったのではないですか?
07mise-03.JPG髙野
 パーラーを始めたのは大正末期ですが、ショートケーキを作ったのは私どもか千疋屋(せんびきや)さんですね。果物屋がパーラーを始めて、そこでケーキを作り始めたんです。ケーキ屋の主流はバタークリームでしたが、弊社は生クリームを使っていました。

●それはスゴイですね。
髙野
 確かにそうですが、生クリームと果物の相性はとても良いと思います。逆に言うと、私どもはバタークリームを使ったケーキを作ったことがないのです。バタークリームと果物は合いませんから。
 私どものケーキはケーキ屋のケーキではなく、果物屋のケーキなのです。あくまでも、果物を美味しく食べるためのケーキであって、果物をおいしく召し上がっていただくための生クリームであり、スポンジなんです。うちのケーキのスポンジは果物から水分が出るので、あえて少しパサパサ感を出しています。

ファッション業界に進出

07mise-04.JPG●昭和34年にレディースファッション業界に進出とのことですが。
髙野
 それは、新宿の街が変わってきたということがあります。伊勢丹がファッションの先端を走り、新宿の街自体が多様化してきたということですね。それまでは、日本橋とか銀座、青山でした。伊勢丹がファッションの火つけ役でした。そして、われわれもファッションをやってみようとなったのです。

●何店舗出されたんですか?
髙野
 最盛期には40店舗くらいあったと思います。シンガポールファッション業界に進出にも店を出しましたから。しかし、平成11年に閉じました。バブル期には150億円くらいの売上げがありましたが、閉める時は3分の1くらいになっていました。閉じる3年くらい前から先代と「本業に戻っていかないといけないね」という話しをしていました。
 当時はフルーツとパーラー、ファッションの3本柱でやっていましたが、残りの2社に力があるうちにレディースファッションを閉じようと決心しました。

●ここのお店の土地が、地価日本一だった時期がありますよね。
髙野 
皆さんからうらやましがられましたね。でもそれだけ多くの固定資産税を払っていたのですよ。

●新宿や渋谷は若者のトレンドという感じになってきましたね。
髙野
 新宿には歌舞伎町があり、伊勢丹をはじめとする百貨店が6店あり、新宿御苑があったり、都庁ができたことによって、オフィス街ができたりと、新宿はいろいろな顔を持っています。

●最近は歌舞伎町が少し静かになってきたと感じているのですが。
07mise-05.JPG髙野
 中国の方が増えてきましてね。それと、せいぜい10時ごろまでで、夜中の歌舞伎町の賑わいがなくなってきました。昔は12時過ぎくらいから火が付いてきていたのですが、今は風営法などでなかなか商売がしづらくなってきていると思いますね。昔からやっていたクラブやバーなどがなくなってきて、新興のホストクラブなどに変わってきています。

社員を大切にする企業

●今、いただいているメロンジュースも大変美味しいです。こんなに香りがあって、濃厚なメロンジュースは、初めていただきました。
髙野
 このジュースの氷は、メロンジュースを凍らせたものなんですよ。だから薄まりません。実は、以前にお客さまから「100%果汁といっているが、氷が溶けたら100%ではなくなるじゃないか」と言われたことがあるんです。そのおかげです(笑)。

●御社の理念を拝見しました。かなり前につくられた理念だと思いますが、「社員を大事にする」という考え方は素晴らしいと思いました。
髙野
 このお店が長く続けられているのは、社員のおかげです。創業家だけで長く続くわけがありません。そこには支えてくれる社員たちがいたということです。父からは「社員には家族がいる。その家族の生活はおまえの肩にかかっているんだぞ!」と言われました。

●経営者が社員を大切にしてくれれば、お客さまに対しても良い笑顔で接することができますね。
髙野
 80歳を過ぎても勤めている人がいましたよ。必要な人材、戦力であれば定年など関係ありません。うちのような商売は経験がモノをいいますからね。

●社員研修などはあるのですか。
髙野
 今年で6年目になりますが、創業120周年の時にいろいろな行事を考えたのですが、その中で理念にある「社員を大切にする」ということで、120周年事業で社員に何をやりたいかアンケートをとったんです。その中に「新宿高野に入ったが、フルーツの知識がない。高野のフルーツを食べたこともなければ産地にも行ったこともない」というのがあったのです。
 スタッフなど、フルーツとは関係のない部門に入った社員もいます。それで私が「フルーツ塾」というものをつくりまして、うちのフルーツアドバイザーが主宰し、年間10回ほど開催しています。また、フルーツ塾のほかにも産地見学が2回、市場見学が1回、繁忙期以外に行うレクチャーを10回行っています。

07mise-08.JPG●アンケートで良い意見が社員から出てきましたね。
髙野
 フルーツアドバイザーの小池は当社に46年間勤めていて、フルーツのことを語らせたらすごいものがあります。その話を社員だけではなく、お客さまにも聞いてもらおうと思いまして、お客さまを対象としたカルチャー教室も始めました。今日も20名くらいが参加して行っています。もちろん試食もできるので、すぐに予約でいっぱいになり、大盛況です。
 私が高野に入社したころは、小池は先輩社員としておりまして、私は小池からたくさんのことを教わりました。

果物にとことんこだわる

●高野さんが高級志向といいますか、フルーツ業界で名を馳せてきて、それを維持している秘訣は何ですか?
髙野
 果物屋から外れないことではないでしょうか。果物を通してパーラーをやっているので、一時期はコーヒーも扱うのを止めたことがあるんですよ。

●いただいたジュースに代表されるように、フルーツは素材が大事だと思います。あまり変化させすぎてもいけないし、とても微妙なのではないかと思うのですが、パーラーをやられていると、常に新しい商品も開発していかなければならないでしょうし、その辺のご苦労などはありますか?
髙野
 旬がありますから、毎月、新しいものを出していますし、ベーシックなものも年に1回は作り変えます。

●仕入れのルートはどのようになっているのですか?
髙野 
指定農園も何カ所かありますが、一般的には市場から仲買を通して買い付けています。農家と直接取引をすると「今年は良かったけど...」ということがあり、品質にばらつきが起こるためです。

●メインはメロンですか?
07mise-07.JPG髙野
 メロン専門のブースがあり、メロンにはこだわりを持っています。でも、金額から言うと一番はイチゴですね。

●メロンは、贈答品でお買い求めになられる方が多いと思うのですが、売れ筋はどのあたりですか?
髙野
 そうですね。価格的には12,000円くらいが1番多いかもしれません。

●フルーツパーラーの価格はだいたい1,500円くらいで、正直なところ安いと感じました。新宿高野のフルーツパーラーといったら、高級な良い果物をふんだんに使われているから、もっと高いと思っていました。
髙野
 普通に買えば、1個1万円くらいするマスクメロンのパフェは1,400円です。切り身だけで6分の1カットくらい乗せています。

●バイキングもあるんですね。
髙野
 60分2,100円で、90分2,500円です。バイキングではマスクメロンだけを食べる方もいますよ。おかげさまで、毎日行列ができています。

●今年、創業125年だそうですね。食の安全の面でとても気を使っていると思うのですが...。
髙野
 名前が知られているだけに、一瞬ですべてを失いますからね。それについては細心の注意を払っています。

ライバルは「新宿高野」

●新宿高野のライバルはどこですか?
髙野
 ライバルは新宿高野です。他にないと思います。ライバルはいません。千疋屋さんと言われることがありますが、千疋屋さんは千疋屋さんの果物です。新宿高野は新宿高野の果物ですから、別のものだと思っています。自分たちが自分たちの手で、自分たちの考え方で作っているのですから別モノですよ。

●美味しさを追求したら自分で作るしかないということですね。海外で販売することは考えていないのですか?
髙野
 まったく考えていません。うちのフルーツが食べたければ、海外から新宿に来ていただければいいのです。新宿の街がマーケットにならないとダメだという考えです。われわれが海外に進出するのではなく、海外の方を含めてどれだけ新宿に来ていただいて、私どもの商品を評価していただくかだと思います。それが新宿高野のグローバルスタンダードだと思っています。新宿の街がどれだけの方を呼べるかということです。

●新宿という地域全体を、より活性化するということですね。将来の展望はどのようにお考えですか?
髙野
 もっと規制緩和をしてもらいたいですね。高い固定資産税を払っているのだから、例えば特区という形で容積率などを緩和してほしいですね。それによって、ニューヨークやパリなどに負けない街にしたいですね。新宿というところは、それだけのものを持っていると思います。
 屋号に「新宿」と付けているのは当社だけです。当社は札幌に出ようが、大阪に出ようが、九州に出ようが「新宿高野」なのです。新宿に対する先代や先々代からの思い入れですから。

●まだまだこれからも先頭に立って頑張っていかなければならないと思いますが、後継者はいらっしゃるのでしょうか?
髙野
 今年27歳になる息子がいます。大学を卒業して3年間、市場へ修行に出しましたが、去年から池袋東武の支店で小僧からやっていますよ(笑)。

●日本一、世界一の新宿が元気でいないと、日本中が元気にならないと思います。
髙野
 これからは専門店の時代だと思いますよ。以前、銀座で商売をされている方に「老舗と言われる条件は何か知っているか」と聞かれたことがありました。「それは歴史ではない。自分の土地で商売をやっているのが老舗と言うんだ」と言われました。自分の土地を持つことによって相続する。株式会社にすれば相続税がかからないが、あえてそうしないというのは、相続税まで払って自身が商売を続けていくということだと思います。

●一本芯が通っているということですね。
髙野
 「専門店」という重さを持っていると思うのです。そして、時代は変わるのだから自分も変わらないとダメです。時代に乗っていくことと、そしてそこに乗っていく強さが必要だと思います。

●老舗を守りつづけると言いながら、少しずつ改良を重ねていくが、スタンスは変えずにいくということでしょうか。ですからお得意さまも増えていくのでしょうね。
髙野
 お得意さまというのは「俺は新宿高野で買っている」「高野はこんなことをやっている」と、得意げに話すからお得意さまなんです。専門店で良かったと思えるところはその部分ですね。

●これからも老舗として、専門店として頑張ってください。本日は、お忙しいところありがとうございました。