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活き活き商店街とまちづくり 6月号

■シリーズ 活き活き商店街とまちづくり49

iki-01.JPG青森市のコンパクトシティづくり
「青森市新町商店街」
NPO法人まちづくり協会
中小企業診断士 三 橋 重 昭


郊外スプロール圧力も強い青森市

青森市の人口は約31万人。過去五年間で人口は3%以上減少している。今後、人口の減少は加速し、少子高齢化も一段と進む。そのような都市は、ほぼ一様に中心市街地が衰退傾向にある。「コンパクトシティ」で有名な青森市も例外ではないが、青森市の中心商店街である新町商店街は、市街地活性化の取り組みにおいて、全国トップクラスの商店街として有名だ。


しかし、青森市の郊外を見ると、相変わらず大型商業施設の集積は進んでいる。青森市は改正中心市街地活性化法と、その「基本方針」のもと、「中心市街地活性化基本計画」を策定し、平成19年2月に富山市とともに全国に先駆けて内閣総理大臣の認定を受けている。

認定を受ける条件の一つとして、都市計画法上の「準工業地域」に対しては「特別用途地域」を条例で定め、大規模集客施設(床面積1万平方㍍以上の店舗等)の新設はできないようにしなければならないことになっている。青森市は当然そうした条例を定めている。

しかし、その準工業地域(約5.8万平方㍍)には、大型商業集積「アプレ103」が平成20年4月にオープンした。条例の適用を免れるように、道路、施設を配置したが、土地所有者はそのために損害をこうむったとして、市に損害賠償請求裁判を起こしている。郊外スプロール圧力は、青森市であってもことのほか強い。

同じ地区内では、複合型ショッピングセンター「ドリームタウンALi」が平成19年9月から順次オープンしている。「アプレ103」「ドリームタウンALi」は青森市の中心部から南へ約4キロ㍍の浜田地区に立地する。

iki-02.JPG浜田地区は平成15年に開通した高速道路青森自動車道のインターチェンジの近く。ここにイオングループ、セブン&アイグループのほか、ドン・キホーテなどの大型全国チェーン専門店が集結した。深夜3時まで営業する大型店もあり、まるで不夜城だ。

コンパクトシティで有名な青森市であるが、郊外だけをみると商業機能拡散のモデルとも思えるくらいだ。青森市郊外では、大規模、長時間営業をベースに、安さ・便利さなどを売り物に、遠方からの車客の集客競争を繰り広げているが、それは中心市街地にも大きな影響を与えている。象徴的なのは、中心市街地の老舗「松木屋百貨店」の閉店(平成15年4月)だ。

平成22年12月に東北新幹線が青森に乗り入れる。新幹線新青森駅は青森中心部から西4キロ㍍の石江「地区計画」内にできる。ここは広域交通・交流拠点としての機能ならびに、市西部地域における生活交流拠点としての機能が求められて、店舗面積3000平方㍍を超える建築物は建てられないことになっている。

しかし、平成元年の就任以来、コンパクトな都市づくりを推進してきた佐々木誠造前市長に代わって、平成21年4月に就任した鹿内博新市長は、市長就任会見で、これを見直す考えもあることを表明している。

中心市街地の危機は続くが、その中心となっている新町商店街では、その危機感をバネにさらなる中心市街地活性化に取り組んでいる。

 

青森市の「コンパクトシティ」

都市をコンパクトにしていかなければならない。これは平成元年に就任した佐々木前市長の長年の"雪との戦い"の実体験から生まれたものだった。市街地の郊外拡散は数百億円規模の道路・上下水道等の社会資本整備費が必要だったし、除排雪費用だけでも年間約30億円にも達する。これでは財政がもたないし、市民に対する持続的な公共サービス提供も難しくなる。

国が指定する「特別豪雪地帯」の中で、青森市は日本最大の都市。佐々木前市長は平成4年、北方都市世界会議で、冬と調和して生きる都市計画の観点から、我々のゴールは「コンパクトシティをクリエートすることだ」と述べ、青森市はすでに社会資本が整備されている旧市街に、人々が戻り住む「コンパクトシティ」をまちづくりのコンセプトにしていると宣言している。

旧市街とは、昭和20年の戦災後、いち早く土地区画整理事業で復興した地域である。青森を代表するねぶた祭が行われるなど、古くから青森市の文化、伝統を伝承してきた。

その中心商店街が、JR青森駅から東側に約1キロ㍍ほど延びる新町商店街とその周辺商店街だ。新町商店街は佐々木前市長のコンパクトシティづくりについて、相当な自助努力が当然のように求められた。

 

新町商店街のまちづくりへの取り組み(初動期)

新町商店街、正式には青森市新町商店街振興組合は、昭和51年6月に設立され、昭和52年にはアーケードが整備された。その後しばらくは順調に推移したが、青森市の中心商店街としての高質化、機能強化のために平成4年度に「しんまち街づくり計画」を策定した。この中で、先導プロジェクトとして商店街の道路問題の解決があげられた。

当時は新町商店街の道路幅は25㍍で、両側の歩道幅員は6.5㍍、車道は12㍍だった。6.5㍍の歩道幅は、歩行者にとっては決して安全で快適な歩行環境ではない。それでこの計画では、「全ての人びとに優しい豊かな歩行者空間と緑豊かな潤いと風格のある道路景観」を形成することを目標として掲げた。

この街づくりのコンセプトは、「人と緑にやさしいまちづくり」。このコンセプトが、平成7年策定の青森市の長期総合計画の中の「ウォーカブルタウン構想」につながっている。

「しんまち街づくり計画」事業には、新町商店街から現理事長成田雄一さん(当時副理事長)、現副理事長加藤博さん(当時常務理事・青年部長)も重要な役割を担った。同年に、佐々木前市長が「コンパクトシティ」構想を打ち出しているが、それらを受けて、青森市中心部の七商店街の有志が「中心商店街懇話会」を結成した。

「中心商店街懇話会」には、やる気のある若手が多く参加し、その勉強会の中から、「共通無料駐車券事業」「スタンプ事業」「共通合同イベント」「光のプロムナード」「大地の感謝祭」などの事業を誕生させている。「しんまち街づくり計画」に基づいた街路整備(車道狭小化、歩道拡幅、電線地中化等)は、平成5年の設計段階から始まり、平成9年に完成した。

街路整備と同時に、障害者や高齢者が訪れやすい空間とするために、ユニバーサルデザインの思想を取り入れた「福祉対応型商店街」を目指すことになった。これは店舗の在り方や接客サービスなどを含んだ総合的なもので、ユニバーサル・サービス接客術講習会や、毎月発行される広報誌「ニュースしんまち」にミニ手話教室が連載される。商店街主体の「タウンモビリティー事業」も日本の草分け的存在である。

 

コンパクトシティと中心市街地活性化への対応

青森市では、中心市街地の衰退や環境との調和が重要な都市づくりの課題になってきたことから、平成11年6月に都市づくりの基本理念を「コンパクトシティの形成」という、「青森都市計画マスタープラン」を策定した。

平成10年6月に、旧中心市街地活性化法が施行されたが、青森市では「都市計画マスタープラン」の検討と並行して、平成10年11月「青森市中心市街地再活性化基本計画」を策定した。当計画策定後、青森商工会議所が中心にTMO構想の検討が始まったが、TMO(タウンマネジメント機関)が設立されるまでには、相応の時間がかかることも予想された。この時に「青森市街づくりあきんど隊」が結成された。

「あきんど隊」隊長の加藤博さんによれば、その設置理由は3つあった。
①TMOが設立されてから、その事業をすぐに実施できるようにしておく。
②青森市の「中心市街地再活性化基本計画」に基づいて研究・検討し、各商店街などで実施してきた個別事業の連携強化と、中心市街地商店街が一体となった共同事業の効果的な展開を図る。
③特にソフト事業は、われわれ商店街が自ら汗をかき、知恵を絞って実施しなければならないとの思いを強くした。

iki-03.JPG「あきんど隊」の設立にあたり、従来の「中心商店街懇話会」は7商店街の正副理事長・会長で構成する組織とし、「あきんど隊」は同懇話会から事業の研究、検討、実施を委託される機関と位置付けられた。旧中心市街地活性化法のもとでは、TMO青森のワーキング機関として事業推進にあたり、加藤さんは中心市街地活性化法に基づく中心市街地活性化協議会の副会長を務め、認定中心市街地活性化基本計画事業推進の中心的役割を果たしている。

 

「政策理念」と「地域連携」

あきんど隊の加藤博さんは、「政策理念」と「地域連携」の重要性を強調している。以下は、加藤さんからいただいたメッセージだ。

「青森市中心街区の街づくり運動を展開している中で大事なキーワード、それは『政策理念』と『連携』です。商店街の役割は個々の商店に多様な人々を呼び込むための装置であり、個店の役割は消費者が望む商品やサービスを適正に提供することでしょう。どんな会社、企業でも経営理念があり、目標を明確にしています。だからこそ、意思統一、合意形成が難しい商店街には『政策理念』と、未来に対する目標が必要です。

幸い、わが新町商店街では『福祉対応型商店街』というビジョンを掲げ、さまざまな事業、イベントを展開しております。それは、青森市の都市計画の基本理念である『コンパクトシティの形成』という、政策理念と共同歩調を取れることが何よりも大きく寄与しているのだと確信しております。

われわれの商店街は青森市の中心市街地の商店街として、いわば青森市の顔としてコンパクトシティを体現する役割、もっと言えば責任を担っています。それがパサージュ広場、アウガ、まちなか居住などの協働事業に生かされていると思います。一生懸命『まちづくり運動』を展開していると、自分の力のなさに気づくのです。そして誰かの力、助けが必要になるのです。

現在、われわれは各種NPO法人、ボランティア団体、各種施設団体などと連携して事業を実施していますが、これが大きな支えとなり、ますます支援の輪が広がっています。小さな成功体験を積み重ねながら、ゆっくりと着実にパートナーシップを育成し、お互いに対等な立場で参画していければと願ってやみません。『商店街活性化は、商店街だけでは達成できない』と認識することが、商店街が他の主体とパートナーシップを組む第一歩であると心得ています」

iki-04.JPG新町商店街は、青森市の中心商店街として率先して基本計画に盛り込まれている事業に取り組んだ。平成12年9月に「パサージュ広場」を開設し、その中で若手商業ベンチャーを支援育成し、「ウォーカブルタウン」の形成に寄与した。平成13年1月に駅前再開発ビル「アウガ」がオープンした。さらに 平成18年1月に駅前再開発ビルとして「ミッドライフタワー」が完成した。

その結果として「アウガ」周辺の歩行者通行量が伸びた。しかし、それにもまして郊外への大型店出店攻勢が激しくなり、また松木屋百貨店の閉店も影響して、新町商店街全体では過去10年を通して減少気味である。特に最高通行量地点(成田本店前)で平成14年以降、休日の通行量は平日よりも少なくなっている。

わが国の中心市街地活性化の取り組みの最優等生である青森市でも厳しい状況。全国的に旧まちづくり三法の無力さも確認され、平成18年に中心市街地活性化法が改正され、都市計画法でやっと郊外へ大規模集客施設出店規制が行われるようになった。

 

新町商店街のまちづくりへの取り組み(現在)

青森市の「中心市街地活性化基本計画」は、内閣総理大臣の認定を受けて、第二段階に入った。新計画では、街なか居住も重視される。閉店した松木屋の跡地には、高層分譲マンション「ポレスター新町レジデンス」が建った。居住者は、マンションを一歩出れば、雨にも濡れずに買物ができるほか、日常の生活に必要なサービスを受けることができる。高層に住む人は、南は美しい八甲田山系、北は陸奥湾を年中望むことができる。

駅前の「ミッドライフタワー」居住者も同様だ。新町商店街は買い物客の賑わいと、売り上げだけを追求する場から、より質の高い、青森市民にとって誇りが持てる公共的な場としての性格を強めている。平成15年度には、本誌に『逸品見聞録』を連載されている太田先生の指導を受けて一店逸品運動を開始。平成20年度は53店が参加し、10万部のカタログチラシを作成。その「お店回りツアー」も大変好評で、毎回定員以上の参加応募がある。

iki-06.JPGアウガ6階の子育て世代の情報交換・交流の場として設置された「さんぽぽ」は、新町商店街が運営を受託し、オープン5年目を迎えた。「さんぽぽ」利用者数は毎年伸びている。

新設分譲マンション居住者との懇親を深めるために「茶話会」も定期的に催し、そこで出た意見も積極的に取り入れている。

一例として、街なかでのんびりと広い風呂にも入りたいという声を中心市街地活性化事業に盛り込み、民間企業に国の戦略補助金を活用し、温浴施設「青森まちなかおんせん」をつくってもらった。

iki-07.JPG「中心市街地活性化基本計画」では、認定後5年目の中心市街地活性化の数値目標が設定されている。中心市街地の歩行者通行量は5年間で約1.3倍、年間観光施設の入り込み客数は、ほぼ倍増、居住人口は、約1.2倍、空地や空き店舗は2割減などである。基本計画認定後2年間が経過したが、主に民間側から新たな中心市街地活性化に寄与する計画が具体化し、平成19年12月と平成21年3月に、それらの事業計画を盛り込むために基本計画の変更を行った。

今、青森市は行政、中心市街地活性化協議会(会長:蝦名文昭青森商工会議所副会頭・㈱日専連ホールディング社長)を両軸に、平成24年3月時点の数値目標達成に懸命に努力している。

新町商店街は、青森市中心市街地のメインロード。商店街振興組合は財政的には決して豊かではない。その中で、青森市民だけでなく、日本の将来のまちづくりをリードする希望の星として、その期待はますます大きくなっている。

■ 青森市新町商店街振興組合
理事長:成田雄一
所在地:〒030‐0801
青森県青森市新町2-6-27(成田園ビル)
連絡先:TEL 017-775-4134/FAX 017‐775‐4193
組合員数:63名
ホームページ:http://www.jomon.ne.jp/~sinmati1/